ジョン・ウェインからダニエル・ラノア。

近年本格的に西部劇を見る様になったけど、存在感ではジョン・ウェインは別格だったなあ。西部劇では沢山の歴史が編み込まれているから何故アメリカという国が出来たのかも少しずつ理解出来る様になった。MOMA(NYC)の膨大なアメリカの歴史写真コレクションを次回見る時は最低3日はかけて見たい。
彼が撮影場所だった「原爆実験の風下」で「被爆した」とかスタッフも同じ様だったと知る事や、アメリカ建国が地球規模の人類の「必然的能動的な本能」だったように思えて来た。カントリー音楽がただの田舎のダサイ音楽に聴こえなくなって来たのは、こういう理解が多少でもあったからだ。
カントリー音楽にはアメリカの本質、もっというと開拓しようする動物的な人間の本性が聴こえる。言葉を超えた嘘のない世界だなあ。
最初に耳が反応したのは、ダニエル・ラノアだ。1983年作の「Apollo: Atmospheres & Soundtracks」で、BrianEnoによって若きパートナーとして連名作品になって僕らの前に現れた。「月到着をアメリカ西部開拓になぞらえたEnoの感覚」にラノアが必要だった、と対談で読んだ。現代感覚のルーツ音楽の先鋒として、やはりENOは目が高い。間違えがなかった。U2アルバムの世界的成功は彼なくしては語れない。彼が独自に、エミルウ・ハリス、ボブ・ディランをプロデュースして次々とグラミーを獲得する。ソロ作も素晴らしく、世界的に日本からも数多くのオファーがあったと聴くが、敢えて言えば、これは本格的な音楽の現場を目撃したいという安直な動機が主立っているように感じてならない。なんてな。
最近思うのは、音楽のこういう作りはおしまいにしたい。ブルースやロックに音楽のベースをおかない優れた音楽家も出て来て、ロックをそういうヒエラルキーによって支配しようとする音楽家魂もわからなくもないけど、新しい物を作ろうとする魂を応援したい、というのが根本だな。