ロックでない「ネクスト」

ロック音楽は既に死滅していて、「いつか見た青い空」の事。現に今「ロック」は生まれていないし、聴き比べれば70年代の生き生きした音楽にはおよびもつかない。80年代の「いわゆるロックに近い音楽」も近いだけで、完成度が高いだけのが圧倒的に多い。それ以降は「ビジネス上でロック的と称しているだけ」。今の音楽の素晴らしさは「ロック」みたいではなく、「ロック」の様に「何かに挑もうとして行動したか?」もっと言えば「ロックと同じ位の紆余曲折を経て何かをつかんだ」であって、その「つかめている音楽」は、大衆(これも怪しい)が「共有した」「良かった」とか言っている。
皆と同じ様な音楽を聴かないのがロック(の存在価値)だったわけで、皆と「チイチイパッパ」はやらない。今そうした「呑気な状況に警鐘を鳴らす」のか「泣く子を黙らせる」のか、そういうのが「ロックの次に来る少数派精鋭音楽」だ。
経験上、強いのが前のを倒して新しい王様になるのかと思っていたが、今のはちょっと違う。一見弱そうな、主体性のなさそうな、筋の通っていなさそうな、自己中心に見えそうな、奔放そうで、ダメそうなのが、ナニか一つだけ「武器」を持っていて、それでただの幸運だけでない「新しい風」を吹ける「音楽」を奏でる様に思う。(なげ〜)
例えば、歌謡曲に聞こえるけど、パンク経由でアイドルに接点があったかの理由で、猛烈な反抗心が外に向き、抑えるために「音楽」という道具があって、純粋に向き合う「もうひとつの自分」とのコミュニケーションが成立すれば、それまでの半端な「ワンパターン」が打破され、凄い勢いで完成して人が気づく、とかね。(長過ぎる?)とまあ、年末なのでいろいろ考えた次第です。
日本の音楽事情は特殊なので、妙な感じです。今日はセルジオ・メンデスを聴いてみたいなあ。南半球の巨人ですね。
これは当時よく聴いたなあ。息子の学校でも皆でこれをやっていた。