After Breakfast


僕がデザイナーになった頃は、ついていくのが精いっぱいで、一体何時になったら自分が一人前になれるのかは全く自信がなかった。三角定規とコンパス・ディバイダを使って正確な寸法の版下と呼ばれる印刷用の台紙を作り、ロットリングという細いペンで0.1mm罫を引いて台紙を、来る日も来る日も作っていた。でも、知らない内に、それまであった不安はなくなり、版下作りは楽しくなっていった。
ある日トレースのために有名なイラストレーターと暗室に入っていた。その時、その方が僕の憧れのアート・ディレクターと一緒にやっている事を知る。トントン拍子でそのADの事務所に入ったわけではないが、気がつくとあっという間のことだった。
前置きは長かったが、その事務所に入って最初に驚いたのがその名刺だった。それが図版である。角井功さんが手書で描いたイラストの原画(版下)は資料整理用の棚(マップケース)に入っていた。
その精巧さとスピード感は僕がそれまで見てきたデザインとはレベルが違っているように見えた。同僚に聞くと、角井サンはいつもこういう作業をいとも簡単に描いて仕上げてしまうと言う。更にビックリだ。
これを描くには、先ずイメージ、ではなく、資料調べ。入念な資料探しのという作業から出てきた断片的なイメージを繋いでいき、既にあったモノではなく、これから先に出てきて欲しいイメージをガッツで掘り当てる作業である。それからそれを体力と技術力で組合せて絵画のように組合せていく。作業としてはミケランジェロラファエロが壁画で作り上げる作業と大してかわりがない作業である。でも、ここまでを3日で仕上げていたと聞いた。時間にして40時間ほどか。集中力と技術の成せる技に唖然としたが、それから1年でそれを自分がやるように期待されてしまった。
自分が持った名刺の裏にこのイラストが入っていた。それはそれは気分良かった。