伊丹万作

先月見た「伊丹十三」ドキュメント映画で今まで自分的に謎だった伊丹万作に触れ、闘病時期に書いた書物のその基本的イデオロギーに感銘を受けた。今まで万作といえば「坂東妻三郎の『無法松』」の脚本などでしか知らなかったが、書物に過激なまでに力を感じた次第。
「戦争責任について」「著作権について」など、戦前の知識人もある程度はあったであろう「正義感」もニホン独特な曖昧さと得意の「先送り主義」で明確化できなかったのを、病床で、という一種土壇場の開き直り的な馬鹿力をバネに論破してる。一般の知識人より先に欧米の民主的個人主義的な考えの進め方を学んで広く声を高くした、ということは60年代のロック音楽につながって行く前の時代なのかとも思う。
「戦争責任について」は先の原発問題を予見した考えが充満している。根本にあるのはニホンとニホンジンを冷静に見ている点で、世界の辺境、最終文化、島国根性単一民族幻想、舶来文化応用文化、などを更に応用するニホンという地場とは?に言及している。しばらく言葉の探求から始めます。

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